2007年5月9日水曜日

Queen's Visit to USA (II)


エリザベス女王のアメリカ訪問 (II)


アメリカでは奴隷制度や原住民であるインディアン(Native American)の扱い、オーストラリアに行けば原住民のアボリジニーの扱い、ニュージーランドではマオリ族、などなど。かつての植民地を訪問するたびにエリザベス女王は大英帝国の過去の問題をチクチクと指摘され、現地のマスコミなどからコメントを求められるそうです。日本の首相に対する「従軍慰安婦」や「過去の清算」と驚くほど似ていますね。エリザベス女王は政治的な発言は一切されないのが常で、今回もホワイトハウスでのスピーチでも、植民地時代の過去にはお詫びの言葉は一切なく、ただ一言:
“Human progress does not come without cost.”
(代償を払うことなく、人間社会が進歩することはあり得ません。)

さらに続けて、”Today’s American society, which is a melting pot, is an inspiration for social challenges ahead.”

人種のるつぼのアメリカ社会ですが、イギリスも急速に多民族社会になりつつあり、アメリカと同じような問題をかかえるようになっています。女王の発言のなかの”inspiration for social challenges ahead” を拡大解釈すれば、「アメリカ社会の現状をアメリカ自体がどう解決していくか、それがイギリスの将来の問題解決の糸口になって欲しいと願っております」ということではないでしょうか。

ホワイトハウスでの歓迎晩餐会は、珍しくホワイトタイと燕尾服着用の正式なものでした。これが最後の機会になることを知っているブッシュ夫人の口添えではないかと言われています。
Mrs. Bush called the white-tie dinner ”the most elegant and most formal that we’ll host.”

ここでの歓迎スピーチでブッシュ大統領が(珍しくないようですが)、トチリました。エリザベス女王が1976年のアメリカ建国200年祭に来訪された、と言うつもりが「1776年」と言ってしまったのです。ただ、これには大統領もすぐ気付き、ちらっと女王の方を見てから苦笑いして出席者に向かって言いました。
“She gave me a look only a mother could give a child.”
(女王の表情は母親がこどもに向ける眼差しでした。)

会場からは遠慮がちなクスクス笑いがありましたが、やはりスピーチ慣れしたアメリカの政治家ですね。すばやく、アドリブのユーモアで失点を取り返すあたりはさすがです。日本の政治家なら、ただ恐縮してあやまるだけでその場がしらけたかもしれません。

ここでそもそものテーマである女王のイギリス英語をCNNで聞きました。クイーンズ・イングリッシュなどと気取ったものではなく、ごく普通の話し方です。しかし、81歳とは思えぬ若々しい声、透き通ったよく響く声、きれいな明確な発音、よどみなく流れるような話しぶりの、内容もよく理解できるすばらしいスピーチでした。

一方のブッシュ大統領のスピーチは、内容は別にして、英語という点で比較すれば女王に脱帽でしょう。アメリカ英語の問題はいかにも軽すぎることです。発音の仕方から来ていると思いますが、とにかく一語一語を明確に発音せず、上っ滑りのフニャフニャした音になるのです。とくにブッシュ大統領の英語はテキサスなまりの残る話し方で、エリザベス女王の英語とは比較の対象にもなりません。

風格のあるなしや地方なまりは問題にしないとしても、一般的にアメリカ人は自分のしゃべる言葉に愛着をもっていないように感じます。言葉など意思疎通のための記号だとしか思ってないのでは、という感じさえします。一語一語を大事に発音するイギリス英語を聞くと、私などは生理的快感さえ覚えてしまいます。イギリスには英語しか財産は残っていないからだろう、とアメリカ人は言いそうですが。

ここで気になるのがアメリカ国民のイギリス女王と王室に対する反応です。CNNから引用しますと、

“A CNN/Opinion Research Corp. poll released Monday during the queen's six-day U.S. visit finds that eight in 10 Americans have a favorable view of the British monarch. This comes despite the fact that four in 10 believe Britain would be better off without a royal family.”

つまり、10人のうち8人はイギリス女王ご夫妻に好感をもっている。その一方で、10人のうち4人はイギリスには王室はない方がよい、と考えている。

しかし、実際にはアメリカ人の意見は分かれていて、正確には41%が王室存続には否定的、45%は王室がなくなるとさらに悪くなる、14%がどちらとも言えない、という意見だそうです。

ところで、イギリス人の目には今回の女王アメリカ訪問はどう写っているでしょうか。CNNのイギリス人記者で、歯に衣を着せないコメントで有名なリチャード・クエスト記者の現地レポートから引用しますと(彼のしゃべりを書き写したものです):

“There is always a feeling, when the Queen and the prince visit the United States, Americans do have this most delicious love and hate relationship with the British royalty.”
(女王と王子がアメリカを訪問するたびに、私はいつも感じるのですが、アメリカ人はイギリス王室とのいつまでもあきることのない愛と憎しみの関係を味わっているようなのです)

“In 1776 they kicked out the Brit’s butts, but when the first British royalty comes, people were scratching each other’s eyes out to get tickets to the state banquet.”
(1776年には独立戦争でイギリス野郎のケツをけっ飛ばしたわけですが、最初のイギリス王族が訪問するとなると、お互いの目玉を引っ掻いて争っても晩餐会の招待状を手に入れようとしたのです)

“…Because, by and large, you cannot buy royalty. You are born royalty.”
(要するに、金では王族の身分は買えないのです。王族に生まれるしかないのです)

“As nouveau riche they can build a big house, they can give themselves out in grace, but they can’t become royal. Americans, the traditional white Anglo Saxon Americans, do have a love affair with the British royal family.”
(新興の成金は大きな邸宅を建て、外見は立派な身なりはできるものの、王族にだけはなれないのです。伝統的な白人のアングロサクソン系アメリカ人は、イギリス王室とは切っても切れない愛人関係にあるのです)


王族の身分は金で買えないものの一つです。これが世界一金持ちのアメリカ人にはくやしいのです。何千億の金持ちでも、豪邸をもち、贅を尽くした暮らしはできても、王族の身分は買えないのです。腕力で世界の国々を屈服させようとも、M&Aで世界中の資金をかき集めても、手の出ないものがそこにある。こんな理不尽なことがあるのが納得できない。だから、今は落ち目のかつての宗主国から女王ご夫妻が訪問するとなると・・・それがlove and hateの感情なのでしょうね。

王室というのは「無用の用」であるから良いのです。政治の世界とは一線を画し、国民とは精神面だけで結ばれているから意味があるのです。武力や財力だけが無理を通し、「金儲けのどこが悪い」とうそぶく若者がはびこる世の中に、金で買えないものというのは一体何と何があるのか、もういちど整理しておく必要があるように思いました。

というわけで、エリザベス女王も本日帰国の途につかれたようですので、おわりに
Long Live the Queen!

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