2007年5月9日水曜日
Queen's Visit to USA (II)
エリザベス女王のアメリカ訪問 (II)
アメリカでは奴隷制度や原住民であるインディアン(Native American)の扱い、オーストラリアに行けば原住民のアボリジニーの扱い、ニュージーランドではマオリ族、などなど。かつての植民地を訪問するたびにエリザベス女王は大英帝国の過去の問題をチクチクと指摘され、現地のマスコミなどからコメントを求められるそうです。日本の首相に対する「従軍慰安婦」や「過去の清算」と驚くほど似ていますね。エリザベス女王は政治的な発言は一切されないのが常で、今回もホワイトハウスでのスピーチでも、植民地時代の過去にはお詫びの言葉は一切なく、ただ一言:
“Human progress does not come without cost.”
(代償を払うことなく、人間社会が進歩することはあり得ません。)
さらに続けて、”Today’s American society, which is a melting pot, is an inspiration for social challenges ahead.”
人種のるつぼのアメリカ社会ですが、イギリスも急速に多民族社会になりつつあり、アメリカと同じような問題をかかえるようになっています。女王の発言のなかの”inspiration for social challenges ahead” を拡大解釈すれば、「アメリカ社会の現状をアメリカ自体がどう解決していくか、それがイギリスの将来の問題解決の糸口になって欲しいと願っております」ということではないでしょうか。
ホワイトハウスでの歓迎晩餐会は、珍しくホワイトタイと燕尾服着用の正式なものでした。これが最後の機会になることを知っているブッシュ夫人の口添えではないかと言われています。
Mrs. Bush called the white-tie dinner ”the most elegant and most formal that we’ll host.”
ここでの歓迎スピーチでブッシュ大統領が(珍しくないようですが)、トチリました。エリザベス女王が1976年のアメリカ建国200年祭に来訪された、と言うつもりが「1776年」と言ってしまったのです。ただ、これには大統領もすぐ気付き、ちらっと女王の方を見てから苦笑いして出席者に向かって言いました。
“She gave me a look only a mother could give a child.”
(女王の表情は母親がこどもに向ける眼差しでした。)
会場からは遠慮がちなクスクス笑いがありましたが、やはりスピーチ慣れしたアメリカの政治家ですね。すばやく、アドリブのユーモアで失点を取り返すあたりはさすがです。日本の政治家なら、ただ恐縮してあやまるだけでその場がしらけたかもしれません。
ここでそもそものテーマである女王のイギリス英語をCNNで聞きました。クイーンズ・イングリッシュなどと気取ったものではなく、ごく普通の話し方です。しかし、81歳とは思えぬ若々しい声、透き通ったよく響く声、きれいな明確な発音、よどみなく流れるような話しぶりの、内容もよく理解できるすばらしいスピーチでした。
一方のブッシュ大統領のスピーチは、内容は別にして、英語という点で比較すれば女王に脱帽でしょう。アメリカ英語の問題はいかにも軽すぎることです。発音の仕方から来ていると思いますが、とにかく一語一語を明確に発音せず、上っ滑りのフニャフニャした音になるのです。とくにブッシュ大統領の英語はテキサスなまりの残る話し方で、エリザベス女王の英語とは比較の対象にもなりません。
風格のあるなしや地方なまりは問題にしないとしても、一般的にアメリカ人は自分のしゃべる言葉に愛着をもっていないように感じます。言葉など意思疎通のための記号だとしか思ってないのでは、という感じさえします。一語一語を大事に発音するイギリス英語を聞くと、私などは生理的快感さえ覚えてしまいます。イギリスには英語しか財産は残っていないからだろう、とアメリカ人は言いそうですが。
ここで気になるのがアメリカ国民のイギリス女王と王室に対する反応です。CNNから引用しますと、
“A CNN/Opinion Research Corp. poll released Monday during the queen's six-day U.S. visit finds that eight in 10 Americans have a favorable view of the British monarch. This comes despite the fact that four in 10 believe Britain would be better off without a royal family.”
つまり、10人のうち8人はイギリス女王ご夫妻に好感をもっている。その一方で、10人のうち4人はイギリスには王室はない方がよい、と考えている。
しかし、実際にはアメリカ人の意見は分かれていて、正確には41%が王室存続には否定的、45%は王室がなくなるとさらに悪くなる、14%がどちらとも言えない、という意見だそうです。
ところで、イギリス人の目には今回の女王アメリカ訪問はどう写っているでしょうか。CNNのイギリス人記者で、歯に衣を着せないコメントで有名なリチャード・クエスト記者の現地レポートから引用しますと(彼のしゃべりを書き写したものです):
“There is always a feeling, when the Queen and the prince visit the United States, Americans do have this most delicious love and hate relationship with the British royalty.”
(女王と王子がアメリカを訪問するたびに、私はいつも感じるのですが、アメリカ人はイギリス王室とのいつまでもあきることのない愛と憎しみの関係を味わっているようなのです)
“In 1776 they kicked out the Brit’s butts, but when the first British royalty comes, people were scratching each other’s eyes out to get tickets to the state banquet.”
(1776年には独立戦争でイギリス野郎のケツをけっ飛ばしたわけですが、最初のイギリス王族が訪問するとなると、お互いの目玉を引っ掻いて争っても晩餐会の招待状を手に入れようとしたのです)
“…Because, by and large, you cannot buy royalty. You are born royalty.”
(要するに、金では王族の身分は買えないのです。王族に生まれるしかないのです)
“As nouveau riche they can build a big house, they can give themselves out in grace, but they can’t become royal. Americans, the traditional white Anglo Saxon Americans, do have a love affair with the British royal family.”
(新興の成金は大きな邸宅を建て、外見は立派な身なりはできるものの、王族にだけはなれないのです。伝統的な白人のアングロサクソン系アメリカ人は、イギリス王室とは切っても切れない愛人関係にあるのです)
王族の身分は金で買えないものの一つです。これが世界一金持ちのアメリカ人にはくやしいのです。何千億の金持ちでも、豪邸をもち、贅を尽くした暮らしはできても、王族の身分は買えないのです。腕力で世界の国々を屈服させようとも、M&Aで世界中の資金をかき集めても、手の出ないものがそこにある。こんな理不尽なことがあるのが納得できない。だから、今は落ち目のかつての宗主国から女王ご夫妻が訪問するとなると・・・それがlove and hateの感情なのでしょうね。
王室というのは「無用の用」であるから良いのです。政治の世界とは一線を画し、国民とは精神面だけで結ばれているから意味があるのです。武力や財力だけが無理を通し、「金儲けのどこが悪い」とうそぶく若者がはびこる世の中に、金で買えないものというのは一体何と何があるのか、もういちど整理しておく必要があるように思いました。
というわけで、エリザベス女王も本日帰国の途につかれたようですので、おわりに
Long Live the Queen!
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2007年5月8日火曜日
Queen's Visit to USA (I)
エリザベス女王のアメリカ訪問(I)
前回の投稿でアメリカ英語が英語圏での決定権をもつ世界一の強力な言葉になったことを取り上げましたが、ちょうどタイミングよくエリザベス女王が今アメリカを訪問されています。バージニア州のジェームスタウン、ケンタッキー州のケンタッキー・ダービーで大好きな競馬を楽しまれた後は、首都ワシントンでブッシュ大統領とも面会する日程になっています。王室外交にかけてはベテランである81歳の女王は、成り上がり者のアメリカでどう扱われるのか興味がありますね。
1607年5月14日、3隻の船に分乗した100余名のイギリス人たちが、5ヶ月間の苦難の航海ののちアメリカ新大陸に到着した。その上陸地がバージニア州ジェームスタウンで、この地名は当時のジェームス英国王の名前から命名されたものです。
まず、ジェームスタウンでのチェイニー副大統領の歓迎の挨拶から紹介します。
U.S. vice president Dick Cheney’s welcome speech in Jamestown, Virginia, May 4:
“Your Majesty, 50 years ago on your first visit to America as a sovereign you were given a very warm welcome. Half a century has done nothing to diminish the respect and affection which this country holds for you. We receive you again today in the same spirit.”
“Here at this first settlement named in the honor of the English king, we are joined today by the sovereign who now occupy that throne. She and Prince Philippe are held in the highest regards throughout this nation, and their visit today only affirms the ties of trust and warm friendship between our two countries.“
“Your Majesty and your Royal Highness, all of us are very privileged today and we will certainly remember this day that we shared your company.”
[語注]
Settlement
ジェームスタウンのような入植地を指す
Sovereign
王位継承者のこと
We shared your company
「女王陛下にご出席頂き同席の栄誉にあずかったこと」の意味です。
この”company”はアメリカ英語では良く使われるので、慣れておいた方がよい表現です。「仲間、来客、同席者」の意ですが、次のようないろいろな場面で使われます。
Your company would be much appreciated.
(あなたに出席頂ければとても有り難いですが)
We certainly enjoyed your company.
(あなたに来て頂いてとても楽しかったです)
You can tell a man by the company he keeps.
(人柄はその人の付き合う仲間を見れば分かる)
She will be fun company to have for a drinking party.
(飲み会にさそうと彼女は面白い人だよ)
Watch out. We got company!
(気をつけろ。俺たち、後をつけられてるぞ。)
チェイニー副大統領のスピーチはCNNでも見ましたが、原稿から顔も上げず読み上げるだけ。声にも熱がこもっていなくて、まったくおざなりの歓迎の挨拶でした。”We shared your company”というようなくだけた表現は、王室・王族を持たないアメリカでは違和感がないかもしれませんが、かつての宗主国イギリスの女王陛下を前にして言う言葉ではないと、私は違和感を覚えました。
Underdog(負け犬)である英国とイギリス英語の肩を持つ私としては腹の虫がおさまらないため、エリザベス女王アメリカ訪問については項を改めてまた投稿します。
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2007年5月3日木曜日
English Inc. vs. Queen's English
英語(株)とクイーンズ・イングリッシュの対決?
モルガン・スタンレー証券の経済研究主席であるロバート・フェルドマン氏が、4月22日の日経新聞に語った話に面白い箇所があるので引用させて頂きます。英語・米語の違いについての話しですが、イギリスは英語を守ったかも知れないが、大英帝国は失ってしまった。米語はその母体である英語とは違った進化をしつつある。作家のマーク・トウェインはかって「英語は株式会社のようなものだ」と言ったそうです。ということは、「最も多く英語を使う人たちの国が英語の大株主として経営権を握る」ということになりますね。これは大変面白い表現であるだけでなく、現在進行中の世界の現実をよく表していると思います。
アメリカの人口は今や3億人に達した。そしてイギリス以上に観光客や留学生やビジネス関係者が出入りして、アメリカ英語に親しみを感じるようになっている。ハリウッド映画も世界中で見られているし、テレビのCNNなどは世界中どこでも見られる。つまり、「英語」株式会社の過半数の株主はアメリカ英語を話す人たちが占めている。創業者のイギリス英語は今や少数株主、経営権はもはや英国にはない。すべての決定権をにぎっているアメリカ発の文化が幅をきかせ、英国文化はかすんでしまった。
英語という言葉自体のもアメリカでは独自の進化をしつつあり、フェルドマン氏の言うようにイギリス人が間違いだという文法までアメリカ式が堂々と通用している。言葉も時代の変化は避けられず、好き嫌いは別として、柔軟に対応していかざるを得ない時代が来ている。わが日本も同じことで、若者言葉やそれに迎合するマスコミ用語などは、解説なしには私など旧世代には理解できません。
タイミングよく、イギリス発のインターネットでもこのテーマに関連する面白い記事を見つけました。エリザベス女王の英語もかつての王室英語”Queen’s English”から、イングランド南部標準語に近い言葉に変わっているそうです。スキャンダルまみれの英王室は国民多数を無視しては存続そのものがあやうい。もっと多くの国民が親しみをもてるようにと、南部標準語を話すようになったと思われますが、これはエリザベス女王の聡明な判断ではないでしょうか。以下それに関する記事を紹介します。
Her Majesty's accent is taking on more modern tone
"A new study suggests the Queen is dropping the traditional RP accent and starting to resemble the standard southern English English accent associated with those "younger and traditionally lower in the social hierarchy." ..." Those pronunciation teachers who hold the view that there is this ideal pronunciation which we can all aim for are obviously wrong … "
(Source: This Month's Language News (www.world-english.org/))
(最近の調査によると、女王は伝統であるRP話法をやめて、若者や社会的には低い階層と結びつけられている標準的なイングランド南部話法に近い話し方をされるようになっている。あこがれの的として目指すのがこの理想的な発音である、という見方をする発音の権威たちは明らかに間違っていたということに・・・・)
これに関してチャーチル英語学校の校長先生がBBCニュースに次のようにコメントしています。
“The Queen is not getting less posh. Still less is she trying to ape the style and manners of the lower social classes. She is merely in tune with the times, becoming more informal or, to put another way, she's getting lazy.”
(女王が上品さをかなぐり捨てたというわけではない。まして、低い社会層のスタイルやマナーをまねすることなどはあり得ない。女王は単に時代の流れを読み取って、あまり格式ばらないようにしているだけで、別の言い方をすれば、格式が面倒くさくなってきたのでしょう。)
・ RP(Received Pronunciation)アクセントとは、パブリックスクール出身者やBBC放送などが使う「仕込まれた英語発音」のことです。不自然な口や舌の動きをともなうので、特別な訓練が必要だそうです。あこがれの的となる英国風の格式高い英語というのはこの「RP発音」のことです。
・ 最後のコメントにある”she’s getting lazy”とは、女王も努力を要する格式ばった話し方をやめて、もっと気楽に話したいからRP発音をやめたのだ、という意味の軽口ですね。
一説によると、今の一般のイギリス人の話す英語はアメリカ英語とオーストラリア英語をミックスしたようなものだそうです。創業者であるイギリス英語は今や少数株主となり、経営権をもつアメリカ英語に従うしかないのは、やはり本家としては無念でしょうね。
腕力とM&Aで儲けて大金持ちになり、支配権をもつようになったアメリカ英語が幅を利かすのはやはり時代の流れでしょうか。実を言うと、私自身はイギリス英語に親近感をもつ方なので、あくまで宗家に礼を尽くし、少数株主の立場から目立たぬように細々と発言するようにいたします。
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2007年4月30日月曜日
YOUTH by Samuel Ullman
『青春とは』サミュエル・ウルマンの詩
アンティエイジングを意識してこのブログを始めた以上、避けて通れないのが「抗老化」とは一体どういう意味で言うのか、という問題です。これは私自身がまず明確にしないと先に進みません。ここでちょっと寄り道をして、原点にもどりたいと思います。
アンティエイジングを「抗加齢」という人もいますが、これはちょっと問題があります。年齢を重ねるのは防ぎようがないからです。日本社会では否応なしに誕生日がくれば、またひとつ歳をとらなければならないようになっています。また至る所で年齢を記入させられます。わずらわしい思いをするのは私だけではないでしょう。
正しくは「抗老化」だと思います。老化には肉体面と精神面の両方があります。身体の老化には抵抗する方法はあり、テレビ、雑誌、新聞、その他関連する業界では死んでも健康でありたいと願う人たちで商売繁盛の様子です。しかし、本当の老化は精神の方がはるかに大事な要素であると常日頃から思っていました。そこで、英語との関連からサミュエル・ウルマンの『青春とは』という、知る人ぞ知る詩を取り上げてみようと考えたわけです。
まず英語を何回も読み返して、「青春」の真意をくみ取ってください。なお、私の訳文は出来るだけ原文に忠実に、平易な日常語に訳してあります。詩的な表現で日本語として味わってもらうのが目的ではなく、あくまで英語原文の味わいを重視して、その理解の一助としての訳文としたいからです。
読めば読むほど、これこそ「アンティエイジング」の真髄ではないかと思わせる、味わい深い詩ではないでしょうか。
YOUTH by Samuel Ullman (1840-1924)
Youth is not a time of life;
It is a state of mind;
It is not a matter of rosy cheeks, red lips and supple knees;
It is a matter of the will, a quality of the imagination, a vigor of the emotions;
It is the freshness of the deep springs of life.
Youth means a temperamental predominance
Of courage over timidity of the appetite,
For adventure over the love of ease.
This often exists in a man of sixty more than a boy of twenty.
Nobody grows old merely by a number of years.
We grow old by deserting our ideals.
Years may wrinkle the skin,
But to give up enthusiasm wrinkles the soul.
Worry, fear, self-distrust bows the heart
And turns the spirit back to dust.
Whether sixty or sixteen,
There is in every human being's heart the lure of wonder,
The unfailing child-like appetite of what's next,
And the joy of the game of living.
In the center of your heart and my heart
There is a wireless station;
So long as it receives messages of beauty,
Hope, cheer, courage and power
From men and from the Infinite,
So long are you young.
When the aerials are down,
And your spirit is covered
With snows of cynicism and the ice of pessimism,
Then you are grown old, even at twenty,
But as long as your aerials are up,
To catch the waves of optimism,
There is hope you may die young at eighty.
***************
『青春とは』サミュエル・ウルマン (1840-1924)
青春とは人生の一時期をいうのではない
それは活動する精神の状態をいうのだ
それはバラ色の頬のことではなく、赤い唇でもなく、しなやかな膝のことでもない
それは意志に係わること、高みを目指す想像力のこと、あふれんばかりの情緒の豊かさのことなのだ
それは生命の深みから湧き出る清冽な泉のことをいうのだ
青春とは、ともすれば臆する本能の弱さに挑み
安逸の日常よりは冒険を求める、
そのひたむきな勇気が支配する精神の状態のことなのだ
この精神は二十歳の若者ではなく齢六十の男に宿るのもまれではない
ひとは単に年齢を重ねるがゆえに老いるのではない
理想を置き去りにすることで年老いてしまうのだ
歳を重ねれば皮膚のしわは増えるであろう
だが熱意を捨てることで魂にしわがよる
悩み事、恐れ、自己不信、これらが心をくじく
そして生きる意欲を灰燼のごとく捨て去るのだ
歳は六十であれ十六であれ
あらゆる人の心には新しい驚きを発見する意欲
子供のように次に来るものを期待するあくなき好奇心
そして生きることの遊びとしての楽しさが息づいている
あなたの心にもわたしの心にも
中には無線通信装置があるのだ
美、希望、歓声、勇気、力のメッセージが
他の人々から、また無限界の存在から受信できる限り、
あなた心はいつまでも青春なのだ
だが、ひとたびアンテナが降ろされ
精神が冷笑を含んだ重い雪、悲観で固まった氷で覆われたとき
歳はたとえ二十歳であろうとも、そのときあなたは年老いるのだ。
しかしアンテナが空高くのばされ、
楽観の波長をとらえ続けるかぎり
齢八十にして青年として死する望みも叶うのだ。
(訳文責:島村政二郎)
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[注釈]
*aerial
サムエル・ウルマンはアメリカに移住したユダヤ系のドイツ人で、この詩が書かれたのはタイタニック号の遭難事件のあった1912年から遠くない時期だと思われる。この詩の中には”aerial”(アンテナ)という最近では使わない言葉が出てきますが、これはタイタニック号の救助活動に当時まだ普及し始めたばかりの無線交信技術が大きな役割を果たしたことから、ウルマンも特別の意味をこめてこの言葉を使っているようです。
*temperamental predominance
ときには狂うような激しさの気性が支配する状態のこと。
*appetite
食欲にとどまらず、肉欲、名誉欲、金銭欲など、ついつい人を臆病にして冒険を避けるような誘惑のことを指すと解釈します。
[参考資料]
手島佑郎氏の「青春」の英語原文資料、およびタイタニック号についての解説を参考にさせて頂きました。参照先:http://www16.0038.net/~gilboa/Ullman_Poetry.html
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2007年4月24日火曜日
Five Questions Most Feared by Men
男が恐れる五つの質問
奥さんから次のような質問をされたらどう答えます?過去に間違った答えをして、窮地に陥った経験はないですか?なぜ女性はこのようなむずかしいことを聞きたがるのでしょうか。今度また間違えたらもう後がないと思って真剣に考えてください!
The 5 questions most feared by men are:
1 What are you thinking about?
(あなた、いま何考えているの?)
2. Do you love me?
(わたしを愛している?)
3. Do I look fat?
(わたし太って見える?)
4. Do you think she is prettier than me?
(あの女、わたしよりきれいだと思う?)
5. What would you do if I died?
(わたしが死んだらあなたどうする?)
このような質問には間違っても本心を言ってはならない、というのが鉄則ですよ。つい正直に言ってしまったが最後、延々と言い争いが続くのは目に見えていますので。しかし、それで突き放したのでは皆さんのお役には立たないので、詳細に分析した上で、正しいと思われる模範解答をのせておきます。
Question # 1: What are you thinking about?
The proper answer to this, of course, is: "I'm sorry if I've been pensive, dear. I was just reflecting on what a warm, thoughtful, caring, intelligent woman you are, and how lucky I am to have met you."
考え事をしていて不意をつかれたようですね。上の模範解答は次のような正直な答えとは似ても似つかぬものでしょうが、勇気を持って照らし合わせることをお勧めします。あなたの本心は次のどれでしょうか。:
a...Baseball. (野球のこと)
b...Soccer game (サッカー試合のこと)
c...How fat you are. (君もよく太ったね)
d...How much prettier she is than you.
(彼女は君よりずっときれいだな)
e...How I would spend the insurance money if you died.
(君が死んだら保険金は何に使おうかな)
ちょっと冷たく聞こえますが、気の利いた答えはおそらく次のようなものでしょうか。
"If I wanted you to know what I was thinking, I would be talking to you!"
(いま何考えているか君に知って欲しかったら、僕の方から話しているよ。)
Question # 2: Do you love me?
The proper response is: "YES!"
しかし、イエスだけでは心がこもっていませんね。
If you feel a more detailed answer is in order, "Yes, dear."
そうです、お前、とか名前をちょっと付け加えるだけで親密度はアップします。
次のような返事はもめ事のもとになるでしょう。
a...Oh Yeah, crap.
(うん、まあね、くだらんこと聞くなよ>).
b...Would it make you feel better if I said yes?
(イエスと言ったら気分がよくなるかい?)
c...That depends on what you mean by love.
(「Love」をどういう意味で言っているかによるけど)
d...Does it matter?
(それ大事なことかい?)
e...Who, me?
(だれ、僕に聞いてるの?)
Question # 3: Do I look fat?
The correct answer is an emphatic: "Of course not!"
<わざとらしくても、このように強調して否定しなければなりません。>
不適切な解答例としは、:
a...Compared to what?
(何とくらべて?)
b...I wouldn't call you fat, but you're not exactly thin.
(太ってるとは言わないけど、細身というわけでもないね)
c...A little extra weight looks good on you.
(すこし太っている方が君には似合っているよ)
d...I've seen fatter.
(前にはもっと太っていたことあったよ)
e...Could you repeat the question?
(その質問もう一度言ってくれない?).
Question # 4: Do you think she's prettier than me?
Once again, the proper response is an emphatic: "Of course not!"
<この質問もためらいなく、強く否定しましょう。>
間違った解答例::
a...Yes, but you have a better personality.
(そうだね。でも君の方が性格はいいよ。)
<性格などどうでもいいんです。容姿なのです、女の関心事は!>
b...Not prettier, but definitely thinner.
(きれいとは言わないけど、彼女が細身であることはたしかだね)
c...Not as pretty as you when you were her age.
(君と同年代だった頃は別として、今の彼女は君よりきれいとは思わない)
d...Define pretty.
(「きれい」とはどういう意味で?)
e...Could you repeat the question?
(その質問もう一度言ってくれない?)
Question # 5: What would you do if I died?
警告:これはどう考えても勝ち目のない質問です。本心は「ハワイ旅行でもしたいな」かもしれませんが、そんなこと言ったら最後あなたの方が先に死ぬ羽目になりますよ。どんな答えで切り抜けるにしても、奥さんはしつこく食い下がり、こんな展開になるような気がしますが・・・。
WOMAN: Would you get married again?
(再婚する?)
MAN: Definitely not!
(とんでもないよ!)
WOMAN: Why not? Don't you like being married?
(なぜしないの?結婚したいでしょう?)
MAN: Of course I do.
(それはもちろん、そうだけど)
WOMAN: Then why wouldn't you remarry?
(じゃあ、なぜ再婚しないの?)
MAN: Okay, I'd get married again.
(そんなに言うなら、再婚するよ)
WOMAN: You would? <ちょっと傷ついたような表情で>
(本当に?)
WOMAN: Would you sleep with her in our bed?
(その女性と私たちと同じベッドで寝るの?)
MAN: Where else would we sleep?
(他にどこに寝るんだい?)
WOMAN: Would you put away my pictures, and replace them with pictures of her?
(私の写真をはずして彼女の写真と取り替えるの?)
MAN: That would seem like the proper thing to do.
(そうするのが一番円満に収まると思うけど)
WOMAN: And would you let her use my golf clubs?
(わたしのゴルフクラブも彼女に使わせるの?)
MAN: She can't use them; she's left-handed
(それはできない。彼女、左利きだからね)
WOMAN: - - - dead silence - - -<女の沈黙は恐ろしい!>
MAN: Oh sh-----! <ののしり言葉は削除>.
<女の勘は鋭い。こうして根は善良だが不運な男どもの自白調書が、日夜作成されているのです。こわいですね。>
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2007年4月21日土曜日
Man and Woman
男と女
同じ人間とは言いながら、またお互いにお互いを必要としていながら、男と女は決して仲が良いわけではない。母親の胎内で人間の形になり始める時から、男と女はすでに脳の配線構造が違っていて、成長するにつれてその違いは決定的になるようです。
イギリスのジョークにはこんなものがあります。
An English teacher wrote these words on the whiteboard: "woman without her man is nothing". The teacher then asked the students to punctuate the words correctly.
The men wrote: "Woman, without her man, is nothing."
The women wrote: "Woman! Without her, man is nothing."
Punctuateとは句読点をつけることですが、これは意外に重要です。上の例のように同じ単語を使いながら意味を逆にしたり、また主張を明確にできるだけでなく、メリハリがきいた読みやすい文になります。しゃべり言葉では、句読点の代わりに抑揚をつけたりストレスの強弱で、意味を明確にしたりできます。
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男と女の話題は今後も続くと思いますが、今回はもう一つだけ。
Charles was getting annoyed and shouted upstairs to his wife," Hurry up or we'll be late."
"Oh, be quiet," replied his wife. "Haven't I been telling you for the last hour that I'll be ready in a minute?"
Annoyはよく使われる言葉で重宝します。「いらいらさせる、気に障る」という意味です。
Would you stop making that noise? It annoys me.
His bad manner is very annoying.
I was so annoyed by the bad service I did not leave any tip.
男はせっかち、女はマイペース。だから、男は早死にし、100歳以上の長寿者はほとんどが女性となるわけですね。まあ、それで良いのだと思いませんか。100歳以上の女性との生活など想像できますか?べつに気兼ねする必要はありません。相方の方は60歳を過ぎたらもうゴメンだと思っている可能性は大ですから。
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2007年4月19日木曜日
English Cuisine and English Women
イギリス料理とイギリス女
“English cuisine and English women – the foundation of a great seafarer nation!”
まずイギリス料理、または英国料理という言葉を聞いたことがありますか?イギリス女は?そうですね、あまり聞いたことがありませんね。私もイギリス料理で有名なのは「ローストビーフ」くらいしか知りません。「フィッシュ・アンド・チップス」はアメリカのハンバーガーと同じで、料理というにはちょっと。フランス料理やイタリア料理、中国料理、日本料理、タイ料理、などの世界に冠たる有名料理の前には顔色なしというのはまちがいないでしょう。
イギリス女は?これもあまり艶っぽい話題にはなりませんね。もしかすると、料理という文化とそれを育てる女というのは深い関係があるのかもしれません。日本料理も今や世界的な有名料理なので、その文化に育まれた日本女性も味わい深い、ということにして話しを本題に戻します。
この一行の英語は単語を並べただけで、文にもなっていません。しかし、意味深長な味わいがあり、いつも頭の片隅にひっかかっていたので取り上げた次第です。タイの英字紙『The Nation』のチャットコーナーにだれかが残したものです。私は自虐的なイギリス人が書いたものと勝手に思いこんでいますが・・・。
要するに、「イギリス料理はまずい、女もしかり。だからこそ、自国にはないおいしい食べ物と女を求め七つの大海に船を走らせ世界を制覇し、海洋国家たる大英帝国の礎を築くことができたのである。」。何度読み返してもこのようにしか解釈できないのですが・・・。
フランスやイタリアはそれほどの冒険心を抱かなかったのはなぜか、面白いですね。スペインやポルトガルも海洋国家としてよく頑張ったものの、祖国に後ろ髪を引かれる思いが強く、捨て身の大英帝国には及ばなかったのでしょうか。
料理といい、女といい、根幹となる文化の有無が国の興亡を左右するとすれば、コロンブスのケガの功名にすぎない「アメリカ大陸」発見より面白いと思います。料理と女が歴史を動かす!
そういえば、アメリカ料理というのも聞かないのがちょっと気になりますね。
腕力に物を言わせて世界制覇の野望に燃えているように思えてなりませんが・・・・
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